コミュ力が無いと最低1億円の生涯年収を失います

いくら高学歴でも、コミュ力が無いと就活の段階で大手企業から弾かれます。体感では3割いるでしょう。せっかく受験勉強がんばったのに残念でしたね
会社に入ってもコミュ力に問題があり、うまく立ち振る舞えない人。その会社でのステップアップの道は無くなるでしょう。私は企業の役員1000人以上に会っていますが、偉そうな人はいても、コミュ障な人は1人もいませんでした
転職しようにもコミュ力の乏しい人は面接の段階で弾かれます。どのような職種を見渡しても、最低限のコミュ力が無いと成立しない仕事ばかりです。
コミュ力はサラリーマン/OLの世界への参加権とも言えます。コミュ力が一定レベルに無い人は、参加することすら許されないのが日本社会(会社という小社会)なのです。能力的には問題無いのに、参加すら許されず、生涯年収で最低でも1億円の差がついているのが現状です。

昔は幼稚園児として、元気に友達と遊んでいた。そうであれば、あなたは社会(学校)の中で自称:コミュ障になっていったんです。自称:コミュ障に至るまでにはイロイロなキッカケがあったでしょう。思い出せないでしょうね。「このままではダメだ」と思うようであれば、
まずは第1段階として「挨拶」をはじめてみましょう。コンビニでレジに買い物を差し出す時に「お願いします」。店員から「ありがとうございます」とくれば「ありがとうございます」で返す。吉野家で牛丼食ったら、厨房で作っている人にも聞こえるように「ごちそうさま」と言って退店しましょう。
店員が外国人だから挨拶する必要が無い?お金を払って牛丼を食べたんだから挨拶をする必要が無い?相手がどんな人であっても挨拶をする。それにより自分がそこに存在している事をしっかり確認できるようになります。相手を色眼鏡で見る事を辞めると、相手も色眼鏡で見ているわけでは無い事がわかってきます。こちらの動画で説明をしています。

第1段階で自分の存在を確認し、上を向いて歩けるようになっていると思います。第2段階は自分をさらけ出すことです。自称:コミュ障の人は自分の事を話すのが苦手です。プライドが高すぎて、本当の自分の事を知られるのが怖いのです。もしくは絶望的に自信が無くて、それに向き合うのが怖いのです。

人との関わりを薄っぺらいものにすれば、自分をさらけ出さなくても良い。そうやって「自己防衛の鎧」を身に着けているのが自称:コミュ障の人です。人間には違いはあっても、大した差は無いです。プライドが高い人、あなた全然大したことないですから。自信がない人、それ失敗した時の言い訳ですか?

あなたが自分をさらけ出すことを拒否してきたのですから、自称:コミュ障のあなたにはそんな話ができる友達がいないはずです。そうであれば、しばらく会ってなかった人に、自分がそんな人間になってしまっている事を正直に話してみてはどうでしょうか?そして自分のことを相手がどう思っているか率直に本音を聞いてみてください。自称:コミュ障を脱したいと考えているようであれば、相手の言葉を気持ちよく聞くことができると思います。
そして元の世界へ戻り、薄っぺらい付き合いをしてきた友達と同じことをしてみてください。どれだけ相手があなたの事をちゃんと見てくれていたかが分かると思います。相談相手は身近にいたのです。こちらの動画で説明をしています

最終ステップでは、最低限のコミュ力を目指しましょう。最低限のコミュ力の測り方は「人から話しかけられるようになる」という事です。会社でいませんか?仕事は普通にこなせるのに何歳になっても管理職になれず孤独に仕事をしている人。就活生でいませんか?難関大学なのに志望企業から内定をもらえず就職浪人するような人。それら全てはコミュ力が原因と断言をします。
人から話しかけられるようになる方法は簡単です。心持ちだけです。人から話しかけられた時に「ありがとう」と思えるかどうかです。話しかけてもらった事に感謝をしていれば、億劫な顔もしませんし、いらぬ一言はでてきません。これを続けることにより、自然とあなたの周りには人が集まってくるようになるでしょう。
自称コミュ障の人の周りには人がいません。それは相手があなたに話しかけたくないからです。俗に言う会話力やプレゼン力などは、最低限のコミュ力の基盤があってはじめて上に構築されるスキルです。よっぽどの実績のもとに聴衆にマウントできる人でなければ、孤独な人で会話力やプレゼン力がある人はいませんよね?自称コミュ障を脱却してコミュ強のスタートラインに立ちましょう。

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投稿者プロフィール

Utsuさん
Utsuさん1976年1月生まれ〜外資系サラリーマンとして20年勤め上げ独立〜日本が一流の国であり続ける事に貢献したい人〜詳細経歴はLinkedInボタンより〜
1976年1月愛媛県愛南町生まれ (自称)日系大手企業の内情に世界一詳しい男

1998年 宮崎国際大学卒業後、ネクストコム株式会社入社し、IT通信機器の営業マンとなる。

2000年 外資系IT企業(i2 Technologies)にてSCMパッケージソフトの営業マンとして売上世界No.1を2年連続で達成

2002年 26歳で執行役員 東日本営業統括本部長に就任し、数々の巨大サプライチェーンプロジェクトを通じて日本の巨大製造業の改革に従事する。

2005年 30歳までの18ヶ月間、海外を放浪しながらWeb Programming技術を習得しサービス運営を行う。

2006年 30歳で日本に帰国。Symantec日本法人でセキュリティ製品部門責任者、SAP日本法人で中堅規模市場とパートナー部門の責任者を勤めた後、独立。

2017年7月より 外資系企業の日本進出支援のコンサルティング業を行う傍ら、YouTubeにて若者の地力を上げるコンテンツを配信している。

〜スコティッシュフォールド(茶々丸)とマンチカン(チビ)の猫2匹と一緒に港区六本木在住〜